上田桃子選手が2014年以来、3年ぶりに通算12勝目を飾り復活した。通算868本のHRを放った王貞治を育て上げた荒川博氏との接点がゴルフ界の上田桃子にあったとは?そして上田桃子選手が荒川博氏との接点を隠し続けた理由とは?上田桃子さんについて調べてみました。


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上田桃子、涙の復活!

女子プロゴルフツアー 中京テレビ・ブリヂストンレディス最終日
(21日、愛知・中京GC石野C)

5月の晴天に恵まれ、1打差2位から出た上田桃子(かんぽ生命)が8バーディー、1ボギーの65で回り、通算16アンダーとし、14年11月以来3季ぶりに涙のツアー通算12勝目を飾りました。

18番、バーディーパットを沈め優勝を決めた上田桃子は力強く拳を突き上げた。この陰には恩師・荒川博(故人)さんとの猛特訓があった。

上田桃子選手の指導動画

手打ちスイングを防ぐには効果的な練習法です。
ゴルフボール5つで練習。

上田桃子と荒川博氏の接点は?

上田桃子選手が、今年の初め、辻村明志コーチ(41)らチームのメンバーに「今年勝てなければゴルフを辞めようと思う」と宣言していた。

この悲壮な決意の裏には、昨年12月に亡くなった元巨人打撃コーチで師匠と仰いだ荒川博氏(享年86)との接点が猛練習であった。

約半年間という短い間でしたが貴重な指導を受けた上田桃子選手。

荒川博氏の指導は、30分もたないと言われるほど厳し練習。
それに上田桃子選手は3時間も耐えたという。

そして上田桃子選手が得たものは、「これだけ練習したのだから」という心の迷いが消えたという。

荒川博氏が生前書いた日記に「良く練習できている」と上田桃子の精神力を褒める内容があった。

上田桃子 荒川博氏の最後の接点?

2016年12月4日、この日は上田桃子選手が荒川博氏との最後の接点だった。

荒川博氏は4日の昼過ぎ、いつものように「上田桃子さんと練習をしてくるよ。(午後)3時からだから」と元気に家を出て行った。

昼食にソバを食べた後、胸の痛みを訴え病院に搬送され、そのまま帰らぬ人となった。

最後は上田桃子選手の指導にと予定表には記されていたという。
まさに生涯指導者を貫いた荒川博氏の人生だった。

上田桃子選手を指導写真が・・・

荒川博氏の斎場には上田桃子選手を指導する荒川博氏の近影が数多く飾られ、上田桃子選手との接点が深いことを写真から読み取れました。

この荒川博氏の斎場にはゴルフ界から片山晋呉や、ゴルフ雑誌、多くのゴルフ場から花が届けられた。もちろん、葬儀場にはONを指導する写真もあった。

片山晋呉とはゴルフ雑誌で対談した荒川博氏。片山晋呉と一緒にトレーニングしていた上田桃子は、その後、荒川博氏に“弟子入り”する接点の始まりがここにありました。

荒川博氏の指導方法とは

打撃とゴルフはスイングし、球を打つところに共通点がある。
荒川博氏は合気道6段で、野球でもゴルフでも「心身を統一し、体中に『気』を湧き出させ打つ」という指導を施しました。

実際、ゴルフでもアドレス、パッティングの際の集中力などに生かされていたという。

荒川博氏を慕う上田桃子選手

荒川さんが亡くなったその日、上田桃子選手は荒川さんに指導を受ける予定だった。

突然の一報を聞いて病院に直行した上田桃子選手。
荒川博氏との悲しい再会がその日の出来事だった。

突然すぎる荒川博氏の死去に動揺は隠せず、翌日に予定されていたイベントをキャンセルすることに・・・。

上田桃子選手がどれだけ荒川博氏を慕っていたのかよく分かります。
上田桃子選手にとって荒川博氏が一流だけがわかる最後の頼みの綱と言えるところまで苦しみを抱えていたのでしょうか。

上田桃子選手は、ゴルフ雑誌の「GOD」で自分の連載を記事を書いていました。その中で連載の最終回に荒川博氏とのエピソードを綴っています。


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上田桃子 荒川博の接点を隠したわけ?

荒川博氏が、上田選手を指導するようになったキッカケは、2016年の5月に、「GOD」の記者の紹介から始まりました。

そして上田桃子選手はスムーズに荒川博氏の指導を受けるようになりますが、その事を、周囲の人には内緒しました。

野球界の王貞治さんやゴルファーの片山晋呉選手など様々な選手を指導して、結果を残してきた荒川博氏。

当時の上田桃子選手は、スランプからようやく抜け出せるかという厳しい立ち場で苦しみの中にいました。

そんな上田桃子選手を指導している事が分ると、荒川博氏の名誉に傷がつく。

それを恐れて、上田桃子選手は指導を受けている事を内緒にしていたという。

人間性というのか、トップクラスの人だから配慮できる優しさ。
これをまたお互いリスペクトし合うという超一流同士のマナーなのでしょうね。

最後の愛弟子は上田桃子選手だった!

上田桃子選手は、毎日のように荒川博氏に電話をして、ゴルフの指導を受けていました。

上田桃子選手の心根をしっかり感じ取った荒川博氏は、上田桃子選手の事を「俺の最後の弟子だ」と熱心に指導してくれたようです。

そして、荒川博氏は「桃子を賞金女王にするのが自分の最後の仕事」
と周囲に言っていた事を、上田桃子選手は他から知ることに・・・。

荒川博氏が上田桃子選手の才能に惚れ込み「選手としてまだ終わっていない」と信じていたことが現実に・・・。

上田桃子 荒川博の接点を隠したわけ? まとめ

上田桃子選手が荒川さんに指導を受けた期間は半年間。
人と人との信頼関係を築くのに、接した時間の長さは関係ありません。

連載の最後に、天国の荒川さんへ優勝を誓った上田桃子選手。

そして、誰よりも上田選手の復活を信じた荒川博氏は、上田桃子選手が今回の優勝カップを掲げる姿を天国で見守ってくれていると思います。


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