与謝野馨(よさの・かおる)元財務相が咽頭がんで死去した(24日・78歳)。明治の歌人、与謝野鉄幹、晶子夫妻の孫という家系図。中曽根康弘元首相の秘書を経て1976年~当選10回の政策通で知られた。そんな与謝野馨さんを陰で支えた家族と妻にスポットを当ててみました。


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与謝野馨の家系図と経歴と家族と!与謝野馨の家系図

与謝野馨→通商産業省→衆議院議員
1994年 文部大臣(-1995年)
1998年 通商産業大臣(-1999年)

父 与謝野秀(与謝野鉄幹・晶子の次男)
  (与謝野晶子→5000円札の肖像)

母 坂内道子(球磨川電気社長 坂内虎次の三女)
妻 石川とも子(主婦の友社会長 石川数雄の長女)
   長男→与謝野優(与謝野馨氏の子供・東京海上)
   二男→与謝野稔(与謝野馨氏の子供・三菱商事)

与謝野馨の家系図と経歴と家族と!与謝野馨の父親は?

与謝野という名字から連想される名前が、与謝野晶子と与謝野鉄幹という文化人が浮かびます。

あにはからんや、与謝野馨氏と与謝野晶子とは祖母と孫の関係です。
与謝野馨氏の父親の与謝野秀(よさのしげる)氏が、歌人の与謝野鉄幹と与謝野晶子の二男ですので。

父親は日本の外交官として活躍しています。
その父・秀(しげる)氏の長男として与謝野馨(よさのかおる)氏は、1938年(昭和13年)の8月22日に、東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に生を受けます。

与謝野馨の家系図と経歴と家族と! 生まれた時代?

生まれた時代が昭和の激動時代。
父親は外交官だったこともあり、与謝野馨氏は幼少期(0歳~4歳)から父の仕事の関係で北京で生活するという波乱に満ちた人生を送ることになります。

日本に帰国した後は生活費もままならない生活が続いて、無賃乗車で母親と交番に連れていかれたこともあったとか・・・。
(当時の外交官は満たされていなかったのか?)

ただ、両親の影響もあり、与謝野馨氏は勉学に取り組む環境にはあったといいます。

与謝野馨の家系図と経歴と家族と!与謝野馨氏の学歴?

港区立麻布小学校から麻布中学校に進学した後、父の転勤でエジプトに住むことになってしまいます。

カイロ郊外・ヘリオポリスのイングリッシュスクールに編入学しています。

その後も与謝野馨氏は父親の仕事(外交官)でスペイン・アラブなどにも留学することになります。

与謝野馨氏は海外生活の中で、イギリスのオックスフォード大学への進学を目指した時期もあったという。

そんな中で日本に帰国したあと麻布高校に編入学して卒業した後、1浪してから東京大学文科I類に入学。

与謝野馨氏は外交官の父親の仕事に左右されながらも、国境を越えた転校を繰り返していたことで世界的な視野で政策も拡がったことでしょう。

まさに昭和の激動の中で生き抜いた経験は、語学もさることながら社会に与える指導力はかなりのものを持ち合わせた貴重な人材だったと言えます。


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与謝野馨の家系図と経歴と家族と!大学卒業後は?

与謝野馨氏は母親が中曽根康弘元首相と交流がありその関係で、日本原子力発電に入社することになります。

父親の仕事関係から人脈の繋がりがあるんですね。

また、当時の会社では与謝野馨氏の堪能な英語力は価値の高いスキルでした。

与謝野馨氏は会社の業務の一環として、民社党の核拡散防止条約に関するヨーロッパの調査団に原子力の専門家兼通訳として同行するなどして、政治家との人脈を築いていきます。

与謝野馨の家系図と経歴と家族と!政界進出後は?

1968年に日本原子力発電を退職。
中曽根元首相の秘書となる与謝野馨氏。

1976年12月の第34回衆議院議員総選挙に東京1区から立候補し初当選して、中曽根派に所属していきます。

そして、その後は自民党に所属して要職に就いていき、日本の財政再建に死力を尽くしていくことになります。

民主党政権のときの野党時代には、けっこう過激な発言をする政治家、として話題になっていたこともありました。

当時の鳩山由紀夫首相の偽装献金問題を追及して、「平成の脱税王」と称したり、あの蓮舫氏についても「あの人を評価する人の気が知れない」と話していた、という情報には驚きます。 

ただ、与謝野馨氏は2011年の民主党政権のときに、自民党から民主党に鞍替えしています。
これは政権側につかないと仕事ができないという焦りからではと考えられます。

そして菅直人内閣の時の2012年6月に、「咽頭がん」が発見され政界を引退することになりました。

与謝野馨氏は声が出なくなりますが食道発声や電気式人工喉頭を試した後に、「がん研究会有明病院」という病院で、気管食道シャント法と呼ばれる手術を受けて、2013年には見事、声を取り戻しています。

そしてその4年後の2017年に政界に復帰することになります。

与謝野馨氏の家族について

奥さんは与謝野とも子氏で、彼女はあの「主婦の友社」の創業者の一族である「石川家」の令嬢です。

また、与謝野馨氏の母親の与謝野道子氏は「どっきり花嫁の記」という書籍を「主婦の友社」から出版していて、その書籍の編集者が、与謝野馨氏の奥さんとなる与謝野とも子氏で、そこからの繋がりで2人の結婚に至ったんだとか。

与謝野馨の家系図と経歴と家族と! まとめ


日本をよくしていくために頑張ってくれた与謝野馨氏。
心よりご冥福をお祈りいたします。


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