大関・高安が誕生した。「正々堂々精進します」とシンプルな口上に秘めたる高安らしさが隠されていた。四字熟語に拘ることなく大関・高安の自然体が「正々堂々」という言葉で着飾ることなく伝えられた。横綱稀勢の里の祝福のコメント。そして「正々堂々」を紐解いてみます。


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都内ホテルの伝達式に二人の使者

大関・高安の伝達式に使者として赴いたのは、春日野理事(元関脇栃乃和歌)と片男波審判委員(元関脇玉春日)の2人だった。

この伝達式に相撲協会より使者として抜擢されることは、名誉なことらしい。伝達の使者を務め役目を果たした二人の談話が入った。

春日野理事(元関脇栃乃和歌)の話
「(初場所後の稀勢の里の横綱昇進に続き)同じ部屋からの昇進ですごいこと。純粋な気持ちで頑張ってほしい」

片男波審判委員(元関脇玉春日)の話
「(使者は)名誉なこと。同じ一門ですし、頑張ってほしい」

兄弟子の稀勢の里と握手する大関・高安は感無量の表情

横綱稀勢の里関の話
「初場所くらいから、下から突き上げる力を肌身で感じていた。変わるのではないかと確信していた。大関の上には、もう一つ上がある。また一緒に稽古して力をつけ、盛り上げていければいい」
 
大関・高安関の話
「こみ上げてくるものがある。本当に幸せ。たくさんの人に支えられた。感謝しかない。(口上は)自分の気持ちを言えたと思う。堂々とするということは一番好きな言葉。どんな状況でも正々堂々と闘いたい」

この二人の人生観、相撲道に共通する先代鳴門親方からの教えがあるように思える。
二人の相撲に共通する点があるとすれば堂々としていることでしょう。

理事会後に日本相撲協会の八角理事長(元横綱・北勝海)は「相撲もさることながら、私生活でも力士の手本になるようにして欲しいと思います」と新大関へメッセージを送っていた。

稀勢の里 横綱へ「一緒に」

都内(帝国ホテル)で行われた伝達式に我がことのようにいっぱいの笑みを浮かべて喜ぶ横綱・稀勢の里の姿があった。

先場所、左腕の怪我で途中休場しながら左腕は大丈夫なのかと心配する。

一緒に稽古をつけてきた弟弟子の晴れ舞台、怪我はしていても部屋でじっとしていられなかったのでしょう。
じっと弟弟子、大関・高安の晴れ姿を見守っていました。

「こんなにうれしいことはないですね」と満面の笑みを見せながら。

稀勢の里自身が横綱に昇進した際には、「高安を大関に引き上げることも使命」だと話していたが、こんなに早く実現するとは・・・うれしい誤算かも。

稀勢の里は大関・高安と次の展開を見抜くかのごとく「大関の次はもう一つ上がありますから、一緒に目指していければいいと思います」と、今後の展開に二人の夢を語るがごとく話してくれました。

そして、高安の大関昇進については稽古の中で肌で感じ取っていたことも明かしてくれました。
「全身、下から突き上げる力、全身の力をやっぱり感じて」と、成長を実感していたという。

また、左上腕部付近のけがを心配する記者の質問に
「僕はいいんじゃない。今日は」と、
高安・大関に配慮していました。


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「正々堂々」の意味や使われ方について

孫子の軍争篇

「正々堂々」とは、孫武「孫子」軍争篇の言葉といわれる。

公正で偽りなく、真正面から事を行なうこと。
正しく整っていて勢いの盛んなさま。

正々は正しく整っている様で、堂々は威厳があって立派な様を意味する。

上杉謙信&武田信玄

本来は「正正の旗、堂堂の陣」で「旗の列が整い、士気の盛んな軍隊」を意味する言葉とされています。

孫子は正正の旗の敵を迎えること無く、堂堂の陣の敵を撃つこと無きを変を治める者であると説いた。

「正正の旗、堂堂の陣」

最近は、姑息な輩、せこい輩ばかりだ。

日ごろは、誠実そうに振舞って、人を闇討ちのようにして、陥れる輩。
いずれ、自分も同じ目にあうだろう。

我は兵をもって戦いを決せん。
塩をもって敵を屈せしむることをせじ。

「敵に塩を送る」
遠江の今川と相模の北条の両氏から武田信玄が、経済封鎖をされ塩不足で困窮していたとき、長年敵対関係にあった上杉謙信が武田信玄に塩を送って助けたという話に基づく。

姑息、卑怯、せこい

こんなことしてませんか?
末代までの恥になる。


運は天にあり。
鎧は胸にあり。
手柄は足にあり。
何時も敵を掌にして合戦すべし。
疵(きず)つくことなし。
死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。

「正々堂々」意味の

「正しく立派に戦う」が語源と思っていたら、「正正堂堂」は、「孫子の兵法」にある「正正の旗、堂堂の陣」であるらしい。
「正正の旗」すなわち「正正の旗じるし」とは、高らかな経営理念やスローガンを掲げて進む、攻めに強い組織。
「堂堂の陣」すなわち「重々しい建物(お堂)のような陣構え」とは、基本を重視する団結した、守りに強い組織。「勝つため」には両方の条件を備えた組織が必要であると説いている。

強者が弱者に使う

正々堂々(正正堂堂)とは、卑劣な手段を用いず正面から立ち向かう態度を表す言葉で、強者が弱者を相手にする際の余裕の姿勢をいう。

逆に弱者が強者に対してこの姿勢をとると、周囲の人々は口先では「立派だ」とか「いさぎよい」などと賞賛するものの、内心は「少しは工夫しろよ」「勝つ気がないのか」とバカにしている

高安 大関の口上は「正々堂々精進します」だと!! まとめ

ちなみに最近は、正々堂々の意味が馬鹿正直という表現と同意語になってはいなかったかと反省した。
大関・高安の誠実な口上に感銘を受けました。少しでも誠実に堂々と生きていこうと思います。


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