衆議院選挙が終わり、「しがらみのない政治」という言葉がマスコミでは取沙汰されていました。「しがらみ」という言葉の捉え方で意味が180°も変わってしまうとは考えてもみませんでした。では、昨今の「しがらみ」という言葉の使い方はどうなっているのか?考えてみましょう。


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一般的な「しがらみ」の意味

「しがらみ」とは、利権や既得権益など、まとわりつくもの、邪魔をするものの意味で使用されてきました。

そうです、どちらかと言えば、悪い意味での「しがらみ」の捉え方と言っていいでしょう。

「しがらみ」を漢字で書くと「柵」。

本来は、川の中に打ち並べた杭に木の枝や竹などを横に結びつけて、急な水の流れをせき止めるものを指します。

私たちは様々な「しがらみ」のなかで生きています。

それは家族や友人、学校や職場、あるいは地域、あるいは趣味の仲間の集まりと、さまざまでしょう。

そのなかで不満や反発を抱えながらも、互いに折り合いをつけて日々を過ごしています。

ですから、勢いに任せて一方へ流れてしまわないで済むとも言われています。

小池百合子氏が主張する「しがらみのない政治」とは

簡単に一言で表すと
『金銭授受や特定人物の都合によって意思決定はしない政治』
だと私は捉えています。

時代劇でよく見る、お代官様と越後屋みたいな関係を想像しています。

越後屋が小判をお代官様に渡して便宜を図ってもらう場面です。

「お主も悪よの〜~」

お代官様がしたり顔で越後屋に語りかけます。

この言葉がぴったり合致するのが
加計学園・森友学園という疑惑が重なった問題です。

これって越後屋(お友達)とお代官様にとって
国の財産を私物化して、都合のいい政治を成立させようと
密談をしてるわけですよね。

その証拠に、バーベキューや奥様はバックで理事長。

そういうのはやったらダメですよ〜って言うのが
『しがらみのない政治』だと小池百合子氏は発言しるのでは・・・。

小池百合子東京都知事が、希望の党を結党したときに、政策にそれが盛り込まれていました。

これが意味することは、国民一人一人が望む日本を作りたい意志の表れだと感じました。

そして、「希望の党」と命名しました。

このときは都民の気持ちを大切にしたい意志が感じられました。


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「しがらみ」の無い人はいないと小泉進次郎!

『しがらみのない政治』というキャッチコピーを翻した小泉進次郎氏の詭弁がはじまった。

この若さでここまで「しがらみ」という言葉で、詭弁を使った政治家は進次郎氏だけ。

進次郎氏は「しがらみのない人間はいない」と演説を始める。

なるほど、人間生まれたときから「しがらみ」の無い人はいないことはあたりまえです。

進次郎氏が例える「しがらみ」はお世話になった人への感謝を込めた「しがらみ」という部分の説明がなされていません。

利益・金銭授受・便宜を図るといった裏言葉「しがらみ」を一緒にして演説会場で言葉を操る巧みさは親子代々受け継がれた技なのかもしれない。

今回の衆議院選挙の結果をみてみると、自民党の圧勝だったことがわかります。

このことの意味は、安倍政権によって恩恵を被っている人たちがこれだけいるということです。

現実に行われていること、道理に反することにも目を瞑ってしまい、「しがらみ」という全体主義で政治を行うことは腐敗への危険があるように思えてなりません。

「しがらみ政治」を一切やめたら?

「しがらみ政治」をすべて無くしてしまうのも危険な方向へと進んでしまうと懸念する声もあります。

「しがらみ」がない人は好き勝手なことを言い始めます。

自分には利害・上下・社会・地域などなど縛れるものが一切ないので、これもまた危険極まりないことです。

「柵」とう文字の意味がこれだけ深く刺さる字は、
このことを考えてはじめてわかりました。

「しがらみのない政治」の意味違い? まとめ

言葉の端々の意味の捉え方で、ここまで違ってくるとは想像できませんでした。

「しがらみのない政治」とは、クリーンな政治のことでこのコンセプトを誤魔化してしまうと信頼関係はすべて崩れてしまうような気がします。

また一方で、個人的には「しがらみ」のない生き方をしていきたいと煩わしさを避けることも考えますね。




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