麻原彰晃の四女が太平洋に散骨する意向を表明しました。現在でも麻原彰晃に依存する信者が後を絶たない。今回の教祖・麻原彰晃の遺骨を巡り、対立が表面化している「四女」と「妻や三女」の関係や四女と麻原彰晃との関係はどんな関係だったのか?あまり出回らない情報で調べてみました。

四女


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麻原彰晃の四女プロフィール

名前   松本聡香(まつもと さとか)
本名   不明
生年月日 1989年生まれ
年齢   28歳or29歳
出身地  山梨県

麻原彰晃死刑囚の親族は今どうなっている?

麻原彰晃死刑囚の四女の代理人(滝本太郎弁護士)が11日、都内で会見を開き、四女と協議した結果、遺骨を太平洋の海に散骨することを表明しています。


海に散骨することでオウム真理教の教祖・麻原彰晃の聖地を無くす目的といわれています。
「遺灰は四女に」と遺骨の引き取り手に四女を指名したとされる麻原彰晃死刑囚。
このことについては、三女(アーチャリー)と麻原彰晃の妻側がブログで四女のサイトに猛反対を表明しています。


四女の代理人(滝本太郎弁護士)は、遺骨の引き取り手になった四女とともに身の危険にさらされているので早くオウム関連の問題を終わりにしたいというのが本音のようです。

「海に散骨」値段はいくら?

国内業者に話を聞いてみると・・・
四女の代理人、滝本太郎弁護士が国に費用負担や警備の協力も求めていますが、いったい「太平洋に散骨」をする場合、どれくらいの費用がかかるのでしょうか?


一般的に「太平洋のド真ん中」とはいきませんが、これに近い散骨実績のある国内業者の資料によれば、遺族同行の場合で30万円~100万円程度。
もちろん、参加人数や実施時期などの条件により多少の違いはありますとのこと。


ただ、今回の四女と滝本弁護士会見に出てきた「太平洋で散骨」にかかる経費は特殊なケースなため、一概に今までの実績だけで見積もることは少し無理があります。


遺骨を狙う三女や妻の勢力とのトラブルも想定され警備も必要となります。
今後のことを考えると四女と滝本弁護士が求めている「国の支援」がないと海への散骨は難しいかもしれませんね。

麻原彰晃の四女と他の親族との亀裂が・・・

麻原彰晃死刑囚の親族は、妻と2男4女の計7人といわれています。
四女と他の親族との間に亀裂が生じたのは2017年11月。


四女は
「父親のことを私は今も昔もほとんど父親だと思えません。」
「著しく問題がある親との縁を子どもが切れる制度があった方がいいと思います」
と話し、家庭裁判所に両親を相続人から外すよう申し立てて認められています。


ところが、麻原彰晃死刑囚が四女を遺骨の受け取り手に指名したことについて、四女は代理人のブログを通じて
「受け入れることにします。」
「松本元死刑囚はおそらく、最後は一人の人として葬られたいのだと思います」
とコメントして親子の複雑な心境を吐露しています。


そして、四女は代理人のブログを通じて、三女や母親に対して
「実母と長女以外の姉弟と信者たちに言いたいことがあります。」
「もう、麻原教祖に依存するのは終わりにしませんか」
と呼びかけて、新しい自分の人生を作り出そうとしています。


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麻原彰晃はなぜ四女に遺体の引き渡しを・・・?

2男4女の麻原彰晃一家。
遺体引き渡しの要求書は妻のほか、6人の子どものうち長女と四女を除いた4人の連名だったという。


国家の公安当局や警察当局は麻原彰晃死刑囚の遺体が、教団から派生・分裂した団体の信徒にとって、信仰対象になることをいまだに警戒しているのはあきらかで、この遺骨が新たな宗教のトリガーにならないよう策を弄しているのでしょう。

なぜ四女だったのか?

麻原彰晃死刑囚が最後に口にして四女の名前を言ったという刑務官の証言。
実際、だれも確認することはできませんよね。
書類に残っているわけでもなく、ただ麻原彰晃死刑囚が最後に「口頭で伝えた」となっていますから・・・。


これは、拘置所内で取り決められた最善の方法と判断したのでしょう。
何度も記事にしているように、今後のオウム真理教の動きを察知しての結論だったように思えます。


また、麻原彰晃死刑囚の三女も意味は違っていますがこのことを挙げ、「作られた話ではないかと感じております」と指摘しています。
そして、四女側は当面、拘置所で保管してほしいとの意向を示しています。

麻原彰晃死刑囚と四女の関係は?

麻原彰晃死刑囚の四女は麻原彰晃死刑囚を父親とは一度も呼んだことがないといってます。


四女が幼いときの様子を詳細に話している部分があります。
”「生まれた時には最も高いステージである『正報師』という位を与えられていたといいます」
「2~3歳の頃から窓のない部屋に閉じ込められ、ほぼ監禁状態で破片の入ったオムレツを無理やり食べさせられたり、真冬に薄着で何時間も立たされるなど
死にそうになった」
などといった完全な虐待状態のような環境で育てられたと証言しています。”


地下鉄サリン事件が起きたのは四女が5歳の時。
小学校に通うようになると、事件のことを知る子どもたちからいじめにあう辛い生活が始まりました。


それからも何かにつけて辛い状況を強いられていきます。
2006年17歳の時には家族や麻原彰晃死刑囚から逃れたくて、ジャーナリストの
江川紹子氏に後見人になってもらったことありました。


その後2007年に「宗教に戻ります」と不可解な行動をしていきます。
そして2010年には『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』といった本を執筆しています。


麻原彰晃との関係は幼いころから現在に到るまで普通の親子、父親と子供の関係はなく、地下鉄サリン事件というものだけが四女の前に立ちふさがって、一生この重荷を背負っていく道しか残されていないでしょうね。
まさに、神から与えられた運命といっていいでしょうね。

麻原彰晃の四女は現在どんな心境なのか? まとめ

麻原彰晃の四女は現在どんな心境なのかというタイトルで記事を進めてきましたが、単なる普通の事件ではなく、人の心を弄ぶ宗教での犯罪というのは家族も子どもも仲間もすべてを巻き込んでだれも幸せになれないなんて・・・。


「神頼み」はよ~くわかります。
神社やお寺さんで賽銭箱に「チャリン~」といって、目をつぶるくらいにして幸せをもらいましょう。

麻原彰晃の子供の数は本当は何人だったの?残された子供の現在は?



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