「プレバト!!」俳句の人気は、鈴木光から老人ホームのお年寄りまで幅広い人気となっていますね。
2013年11月から始まった「俳句」のコーナー。
2019年の2月14日(木)放送の「プレバト!!」の関西地区視聴率は19.5%。
関東地区では13.0%、名古屋地区で19.5%、北海道の札幌地区に至っては20.6%と驚異的な数字を出しています(ビデオリサーチ調べ)。
ちょっと前まではテレビ東京の「なんでも鑑定団」といった番組が高視聴率を得ていました。
ところが、プレバトの夏井いつき先生の出現で、一気に流れは変わってしまいました。
プレバト人気の裏付けかのように、プレバトの夏井いつき先生が紅白(NHK)の審査員で登場するとは。
世間の目は、いまや「プレバト」の俳句、夏井いつき先生から目をそらすことは当分なさそうですね。
そんなプレバト人気にあやかって、夏井いつき先生の周り(梅沢富美男さん、加根光夫、家藤正人など)を記事にしてみたいと思います。
ちょっと、その前に、『プレバト』ってなあ~に?から行きましょうか。
プレバトってどんな意味?
以前は、「使える芸能人は誰だ?プレッシャーバトル!」という番組名でした。
先輩の大御所と言われる芸能人の方が後輩の芸能人を選んで、競い合わせるという番組内容から「プレッシャーバトル」と呼ばれていました。
このプレッシャーバトルの番組がリニューアルされて、「プレバト」に変わったということです。
夏井いつきプロフィール
本名 家藤伊月(いえふじいつき)
俳号 夏井いつき(なついいつき)
現在本名 加根伊月??
出身地 愛媛県南宇和郡内海村(現・愛南町)出身
生年月日 1957年5月13日生まれ
学歴 県立宇和島東高校普通科卒
京都女子大学文学部国文科卒
職歴 1980年、松山市余土中学校国語科教諭
1982年、南宇和郡愛南町御荘中学校転任
1988年に教職を辞して、俳人となる
現在 俳句集団「いつき組」組長
2017年度(平成29年度)から、帝塚山学院大学リベラル・アーツ学部の客員教授となる。
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受賞歴
- 1988年(昭和63年)国民文化祭教育長賞
- 1994年(平成6年)第8回俳壇賞受賞
- 1999年(平成11年)黒田杏子主宰「藍生」俳句会結社賞・第四回「藍生」賞
- 2000年(平成12年)第5回中新田俳句大賞受賞
- 2005年(平成17年)NHK四国ふれあい文化賞受賞
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著 書
- 句集『伊月集』
- 吟行記『それ行けミーハー吟行隊』
- 実践記録『夏井いつきの俳句の授業・子供たちはいかにして俳句と出会ったか』
夏井いつき先生の中学校赴任から結婚・離婚・俳句
夏井いつき先生が生まれた実家は、特定郵便局でした。
局長だった祖父は、近隣の子供たちの名付け親で有名な人だったといいます。
夏井いつき先生の名前も祖父が命名したとのことです。
『家藤伊月』。
人の名前を付けるというのは、大変なことです。
上手な人は、その子にぴったりの名前を思いつくものです。
夏井先生の名前の「伊月」もいいですね。
夏井いつき先生は、中学校赴任当時のことを「子供たちを国語好きにさせるために工夫するのが毎日のように楽しかった。」「どんな工夫をすれば国語が好きになってくれるか」ということばかり考えて授業に取り組んでいたといいます。
家藤伊月から夏井いつきに変わったのは、中学校の先生時代の25歳のときです。
同じ中学校の先生と結婚します。
そして、1男1女を授かりますが、姑の介護のために先生の職から離れることになってしまいます。
できることであれば先生の仕事を続けたかった夏井先生。
このとき、夏井先生は「これから俳人になる」ことを決意しています。
ところが、俳人としての生活は無名な夏井先生にとっては、そう容易なものではありませんでした。
そこに追い打ちをかけるように、姑と実母の介護という二重の苦労が。
夏井いつき先生の生活は疲弊して、さらに夫から「2人の実子を引き取る」という条件で離婚を告げられ、夏井先生のどん底といってもいい生活が始まることになります。
離婚後は、「俳人になる」という意思をさらに固めて、一心不乱に俳句の没頭していったといいます。
夏井いつき先生が二度目の結婚を決意!
夏井いつき先生が忙しく俳句で飛び回っている頃、49歳(2006年)のときのことです。
俳句に興味を持つという、CMプロデューサー(博報堂:関西支社)勤務の加根光夫氏が夏井いつき先生の前に現れ、夏井いつき先生の運命を変えてしまうことに。
CMプロデューサーと一言で言われてもちょっとむずかしい職業ですよね。
「マロニーちゃん」のCMと言えばお分かりいただけますか?
(中村玉緒さんがエプロン姿で・・・マロニーのテレビCMシリーズ)。
夏井先生との交際はもちろん俳句が縁で始まります。
博報堂関西支社のある大阪から松山を訪れるたびに、夏井先生の自宅で長男の面倒を見たりするようになっていきます。
夏井先生は再婚のことなど考えてはいなかったようです。
夏井いつき先生に、加根光夫氏が平成18年にプロポーズします。
「年齢がいってますけど、結婚しましょう」
これが殺し文句となり、夏井いつき先生は再婚。
そして現在は、夏井いつき先生の仕事面のマネジャーとしてフォロー、家庭に帰ればよきパートナーとして俳句談議に花を咲かせていることでしょう。
ここまでの記事の中にプレバトと言えば夏井いつき先生と梅沢富美男さんの話は避けられません。
夏井先生にいつも暴言を吐く梅沢富美男氏。
先日も、「クソババー」と読んで、一部で波紋を拡げました。
そんな、夏井いつき先生と梅沢富美男さんの二人には、お互いを認め合いリスペクトしている義理と人情と愛があるという。
プレバトで見る二人のやり取りの裏にあったものとは・・・
夏井いつき先生と梅沢富美男との関係とは?
プレバトの視聴率男と言えば、梅沢富美男さん。
『プレバト!!』の俳句コーナーが始まってもう丸4年が経過しました。
夏井いつき先生と梅沢富美男さんのお付き合いも4年。
プレバトでは夏井いつき先生は梅沢富美男さんを「おっちゃん」と呼び、どことなく尊敬するところを覗かせていますよね。
夏井先生も人生の苦労人、梅沢富美男さんの「芸事で生きていく」ことの大変さは苦労人だからすべてがわかるのでしょう。
梅沢富美男さんの俳句には手を抜かない、その人の有様が・・・。
「オッちゃんは努力の人なんや」とリスペクトは欠かさない夏井いつき先生。
梅沢富美男さんは平然と生きています。
「人の盛り上がりや人気なんて一過性のもの」
「困っている人は何がなんでも助ける」
義理と人情と、そして愛を壊すことなく。
それは、梅沢富美男さんの新刊『富美男の乱』(小学館)の中で、「劇団員たちと大勢で家族のように飯を食って幸せそうにしてるのを見るのが幸せ」という一行を残しています。
この一行に夏井いつき先生は、「わが家族会社夏井&カンパニーの昼食光景とそっくり」と感動しています。
さらに続けて、梅沢富美男の心身をつくっている成分は「義理と人情、そして愛」なんだと痛く納得しているとも言ってます。
あるとき、『プレバト!!』の撮影スタジオの片隅で、予算繰りの苦悩を誰にともなく呟いた夏井いつき先生。
それは、夏井先生が運営にかかわる『俳句甲子園』の第二十回記念大会の件でした。
その夜、梅沢富美男さんのマネジャーさんから電話。
「寄付します」
まさに、オッちゃん(梅沢富美男)は義理・人情の人ですから・・・。
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プレバト俳句の先生の基本は「優しい気持ちの愛!」だった!まとめ
プレバト俳句の先生の基本は「義理と人情、そして愛」。
梅沢富美男さんと同じ回路が夏井いつき先生にも流れていましたね。
木曜日の楽しみのひとつになったプレバト。
いつもプレバトをみて感じることは、どうして自然と「五七五」が上手に並びます。
夏井いつきさんはいいます。
「思ったことを書けばいい」と。
この自然ができない!
これからも、プレバトの俳句コーナーが視聴率を稼ぎますように。