2003年に横浜ベイスターズに入団。2011年からは巨人軍に移籍。過去には引退試合で物議を醸すことも。まさに野球人生の絶頂期だった。ところが突然、7年間所属した巨人からまさかの戦力外通告を受ける。現在独立リーグに所属する村田修一選手にNPBは触手を伸ばす目はあるのか?


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年俸は下がっても野球は続けたい!!

1980年12月28日生まれの村田修一選手は、松坂大輔投手を筆頭に注目された「松坂世代」の一員で、その中で最も実績を残している選手です。

村田修一 引退

引用:http://www.sanspo.com/baseball/photos/20180126/gia18012613000006-p4.html

 
プロ野球の世界だけではない、プロの世界というのは残酷な面と隣り合わせだということです。


一般サラリーマンの世界でも似たようなところは多々あります。ただ、成績が悪いとか、プロとして社会人として何か不祥事を犯してしまったなどと、明確な根拠があれば致し方ない。


ところが、今回の村田修一選手の場合は、巨人軍の理不尽さが出てしまった感があります。
2017年の成績は決して悪いものではありません。
打席には計118試合に出場し、規定打席には19満たしてなかったものの、ホームランではチーム5位の14本塁打を放ち、そしてチーム4位となる58打点を記録しています。
守備の面では、計71試合に出場し、守備率.967をマークして、すべてにおいて好記録を残していました。


ところが、巨人軍の成績はリーグで4位。これではそのまま来季に挑むのはどうも策がなさ過ぎるような。
そこで、このチームの雰囲気を変えるために、チームの若返りを図るという考えに傾いてしまったチームの上層部。


そこで、この構想を達成するためには、ベテラン勢の中からも1人を犠牲になってもらうこと。そうです、この犠牲となってしまったのが、村田修一選手だったというわけです。

村田修一選手のNPBへの復帰の可能性は?

巨人での年俸は2億円以上をもらっていた村田修一選手の年俸は、「独立リーグ」になって200万円となってしまいました。


そこでもし、村田修一選手が今後NPBに復帰できるのであれば、巨人から戦力外通告を受けた時点で、他の球団からすぐにでも声がかかっておかしくなかったんです。


年齢的にもギリギリというところの37歳。
もちろん村田修一選手は実力的には、まだまだNPBでやれる選手と思われます。


ところが、どの球団も将来のことを考えて、若手に期待しています。
ですから、今更村田修一選手を無理してまで獲得しようとは思ってないはずです。高額の年俸と今後の活躍とを鑑みて。


とは球団側の考えであって、プロ野球ファンの思いも汲んで欲しいとおもうところもあります。
それは、将来を期待して若手に奮起してほしいのは分かりますが、現実に試合する若手の試合を見せられてもプロ野球のファンとしては、前座のショーを見せられてしまうのは、それもまた何かが違うような気もします。


私たちプロ野球ファンは今使える、プロの凄いものを期待して球場に足を運んでいるのですから。将来のためと言われてもそれは球団内の話であって、野球ファンファーストではないような気がしてしまうのです。


村田修一選手の守備が三塁では無理などといったことであれば致し方ないのですがね。


現在の村田修一選手が置かれた状況は、独立リーグでよほど良い成績を残さない限り、NPBへの復帰は苦しい状況といったところです。


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過去に村田修一が引退試合ホームランで物議を・・・

昨年から今年にかけての村田修一選手には運がよくないのかもしれません。
日大出身の村田修一選手には日大のアメフトがらみでいいイメージは・・・。
本人とは関係なく、周りの環境に左右されるのもプロ選手の苦しいところです。


そんな村田修一選手は、過去に有名な選手の引退試合を壊してしまう『ぶち壊し屋』と揶揄されていました。


2007年の佐々岡真司投手(広島)の引退試合。
村田修一選手への投球はボールが先行し、あわやフォアボールとなりかかり、「フォアボールで現役に幕を下ろさせるくらいなら」と村田修一選手は打っていくことに。


すると、皮肉にも結果は特大ホームラン。
村田修一選手もそこまでは狙っていたわけではなかったのですがこの結果に。


ところが、野球人生の最後となる佐々岡真司投手の引退試合。
花道を飾ってやるべき引退試合で相手に一発をお見舞いするなんて・・・。
と、物議を醸しました。


そしてもう一つ、村田修一選手が『ぶち壊し屋』といわれたのが、2010年の矢野燿大捕手(阪神)の引退試合でした。


9回に、同世代の藤川球児から逆転3ランホームランを放った村田修一選手はは、自力優勝がかかっていた阪神に引導を渡したことに。これにより、村田修一選手は、完全に『ぶち壊し屋』になってしまいました。


この2つの例をみると村田修一選手の情けの無さに冷たいと思う人が多いとおもいますが、その後、村田修一選手は『男・村田』を発揮した引退試合があります。


2007年の鈴木健内野手(ヤクルト)の引退試合で、明らかにファウルフライという打球を見送り、捕球をわざとしませんでした。
そして、チャンスがもらった鈴木選手はセンター前ヒットとなり、最高の花道を演出しています。


悪いことはイメージに残ってしまいますが、いいことも引退試合でやっているんです。

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村田修一 過去には引退試合でホームラン? まとめ

どんなに野球がやりたくてもできない環境っってつらいことですよね。
でも、村田修一選手に神様が与えた試練です。まだ耐えられると見込んで村田修一選手を大きく育てたい神様がいるんですね。
試練に負けないで!!村田修一選手!!応援してます!!





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